「ルルーシュ」
「スザク…」
ルルーシュがちょうど玄関の扉を開けようとしたところでひとりでにドアが開き、想定内
だができれば避けたかった事態が起きたことを物語っていた。
別れたと言っても直前まで同居していたのは確かであり、着替えだってあるのだから帰っ
て来ざるを得ない。当然のことながら二人は顔を合わせてしまったのだ。
「久しぶり、だな」
極力動揺を悟られないようにルルーシュが口を開く。ただそれはスザクも同じで、「そう
だね」と呟き返すしかなかった。

実際のところ、スザクはジノと酒を飲んだあとルルーシュに会いには行かなかった。必死
で走る中でふと自分からよりを戻しにいくなど負けたような気がすると我に返ったのだ。
その日からジノの部屋に行くわけにも行かず、男友達の家を転々としている。

 ―ルルーシュ。

たった数日会っていないだけ。けれども生まれてから今まで傍にいた時間が長いだけあっ
てこの数日は年単位で離れていたような気分だった。それも慣れなければいけないのだ。
二人はもう別れると決めたのだから。
「………」
二人の間に流れる微妙な空気に耐えきれずもともと出る寸前だったルルーシュが動く。
「…元気そうで何よりだ。じゃあ…」
「待って」
突っ立ったままのスザクを押し退けて行こうとしたルルーシュの腕が掴まれる。
「!」
スザク自身反射的な行動だったと思うが、気付いたのだ。ルルーシュは今何をしようとし
ているのか。
「君もしかして女の子のところにいってるのかい?」
何を思ってかどこか確信を持った、それも非難めいた聞き方をするスザクにルルーシュが
眉間に皺を寄せた。
 ここから出てルルーシュが行こうとしているのはどこなのかと、スザクが瞬時に考え辿
り着いた答えは“女の子”だった。なぜならルルーシュには男の友達と呼べるのがスザク
かリヴァルしかいないはずだし、彼がリヴァルのところへ行くよりはカレンなどを頼って
いる方がしっくり感じたからだ。
「お前には関係ないだろ」
スザクの問いには応えずなおも出て行こうとするが、未だ腕は解放されず動かない。ルル
ーシュは明らかな舌打ちをした。
「図星ってこと?」
スザクが睨むようにルルーシュを見据える。何故責められているのか理解できずにルルー
シュは胸の内を燃えさせられた。
「…お前こそ、いつもいる頭の悪そうな女のところにいるんじゃないのか」
ルルーシュが言うのはスザクの見てくれや名前に言い寄る女性たちのことだった。露出の
激しい衣服や甘えた態度、あまりに戦略や狙いがあからさまなので見ていて気持ちのいい
ものじゃない。例え自分の恋人相手ではなかったとしてもルルーシュにとって軽蔑に値す
るような人種だった。
結局お前もそんなやつらに付き合っているのだろうという、明らかな挑発だ。
「なにそれ。どういう意味?」
一気に機嫌を降下させたスザクは掴んだ腕に更に力を込める。その痛みのせいで上がりそ
うになる声を殺して眉を吊り上げた。
「そのままの意味だ」
ルルーシュは馬鹿にするようにフンッと鼻を鳴らす。
「君はそういう風に思ってるってこと?」
更に色を濃くした翡翠にじとりと睨まれても伊達に長年付き合っていない。誰か他の人間
であれば逃げ出すような表情でも、ルルーシュは見慣れていた。
むしろスザクの力でものを言わせようとする態度に腹を立てていた。
「…お前にはああいうのがお似合いだ」
そこまで言われればスザクもカチン、と思わず口が滑っていた。
「経験のない君に言われたくないね」
「なんだと?」
「童貞の君にはわからないだろうねって言ったんだよ。大人の付き合いとか、女性の良さ
とかさっ」
「な…っ」
言うに事欠いてそれかと震える声で激昂した。
「出て行けっ!」
「言われなくても」
掴んでいた腕を未練がないかのように放り投げると扉を開けて出て行った。
熱を持ちすぎた個所をさすりながらルルーシュは目線を落とした。
「くそ…ッ」

 ―なぜ俺がこんな思いをしなければならないんだ!

「バカスザク」









     ***














「あれ?ルル、一人?」
キャンパス内にあるカフェと併設されたラウンジ。全面ガラス張りの造りは、陽の光がよく
入り開放的でルルーシュが通う大学の中では学生たちに人気の空間。
ルルーシュがそこで本を広げていると、長い髪を肩から落としたシャーリーが声を掛けてき
た。その明るい声に顔を上げる。
「一人だが、何か変か?」
友人がそれほど多いわけではなく、取っている授業も被ることが少ないので基本的に一人で
行動するルルーシュだ。一人かと尋ねられるということは誰かといるのを想定されていたと
いうことだろうかと首を傾げる。
「ううん。そういう訳じゃないんだけどスザクくんは一緒じゃないのかなーって」
「いや…」
純粋にそう尋ねるシャーリーに、少なからず動揺する。関係を知られているカレンならとも
かく、シャーリーにさえスザクとセットのように言われるのは堪らない。しかしそれほど傍
から見ればルルーシュとスザクは行動を共にしていたように見えていた訳で。
「カレンにも言われたが俺たちはそんなに一緒にいたように見えたか?」
今思い出したくない顔に眉を寄せつつ、シャーリーに尋ねると「んー」と人差し指を顎にあ
てて応える。
「そうだなー。そりゃあ見る度いっつも二人でいるわけでもないんだけど、なんとなく『ス
ザクくんは?』って思っちゃうんだよね。やっぱり二人すごく仲良いし、一緒にいるのが当
たり前みたいな」
「そうか」
“一緒にいるのが当たり前”
それはルルーシュも無意識に感じていたことだ。それでもその“当たり前”はもうなくなっ
てしまったと胸がチクリと痛んだ。
「なにかあったの?」
わずかにルルーシュの気が落ちたことに気付いたのだろうシャーリーのトーンも抑えられる。
何も、と言いかけたところでシャーリーがパンと手をならした。
「あ、もしかしてスザクくんと喧嘩でもしたとか?」
「え」
「当たり?」
楽しそうと言うのも違うだろうが、ルルーシュの様子が読み取れたのが嬉しいのだろう、シ
ャーリーは少しだけ声を弾ませて行った。しかし的を射ていることには違いないのでルルー
シュは頷いた。
「そんな感じだ」
「そっかー。ルルとスザクくんでも喧嘩するんだね」
正しくは喧嘩ではないが、そこまで赤裸々にする気はないので黙っておく。
再び「そっか」と頷くとシャーリーは笑顔でルルーシュと向き直った。
「時間がたてばなんてことなくなるよ」
沈黙するルルーシュに、喧嘩して落ち込んでいるのだと判断したシャーリーは励ますつもり
で大丈夫だと声を上げる。
「そういうものか?」
そんなシャーリーの勘違いに苦笑して、それでも励ましてくれる気持ちは無碍にできないと
なるべく声が重くならないように応える。
「うん!しばらくするとなんであんなことに怒ってたのかな〜って、なるものだよ」
邪気のない笑顔でルルーシュを元気にしようとする姿はなんだか眩しく見え、思わず目を細
める。
「シャーリーでもそういうことがあるんだな」
「あるある。たまに、だけどね」
「それは見てみたいな」
ルルーシュがクスリと小さく笑うとシャーリーが頬を赤くし慌てる。
「もう!」
素直なシャーリーに心に燻ったものが少し軽くなったのを感じると、彼女は凄いなとルルー
シュは思った。
励ます気持ちがダイレクトに伝わるというのは気持ちがいいものなのだということと、それ
はシャーリーが裏表のない性格だからということも。
ルルーシュともスザクとも正反対だ。もしかしたらお互いにこういう子と付き合うべきなん
じゃないかと、ふとそんな考えがよぎる。
「あ、そろそろ移動しないと!」
慌てて時計を見るシャーリーに微笑むと隣に並んで立つ。
「じゃあ途中まで一緒にいこう」
「うん!」

シャーリーの言う通りこれがいつの間にか仲直りできるただの喧嘩だったなら、どんなにい
いことだろう。

二人が仲睦ましく並んで歩くのを、一人の影が見ているとも知らずにルルーシュはそんなこ
とを考えていた。



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