バンッ―とテーブルが音を立てる。
「今日こそ本当に終わりだな俺たち」
「そうだね別れよう」










      Mobius loop . 









「はあーっ」
キャンパス内のラウンジ、明るい陽の光が射し込む爽やかな場所に似つかわしくない大きな溜息を吐くと、カレンは頬杖をついた。
「今度こそ別れたから」
ため息に含まれた意味が理解できるため、それを否定するように強めに返す。
「あのねえルルーシュ、あんたこれで何度目よ」
「…忘れたな」
カレンが目の前の男―ルルーシュに破局の報告を受けたのは一度や二度ではない。
というのもルルーシュとその恋人スザク共に高校からの同級生で、あろうことかルルーシュから一時期ライバル視されていたのだ。
そのことから発展し二人の関係がばれて、事情を知ってしまったカレンはいつからか相談役になってしまっていた。
その度アドバイスしたり仲直りのきっかけをつくったりと、正直な話もう関わりたくないほどうんざりしている。
「そうやって結局くっつくならそれは別れたって言わないの!ただの喧嘩よ」
またどうせ元鞘になるのだからいちいち報告しなくていいとカレンは言うが、いつもルルーシュは首を振るのだ。
「違う。今度の今度こそ別れたんだ」
それを聞くのも何度目だろう。既に吐く溜息も残っていない状態だ。
「やっぱり合わないんだ俺たちは」
目を伏せて、見ている方が辛くなるほどに悲愴そのものの雰囲気を漂わせているルルーシュ。
しかしそう言いながら二十年近く一緒にいるのだから、性格や趣味趣向の違いなんてとっくに乗り越えているということに気が付かないのだろうか。
「スザクも馬鹿よねー…」
ここにいない彼の恋人(別れたと言われてもカレンの認識に変わりはない)を思う。
表面上は柔らかい物腰で優しく接するくせに、本質的には我儘で自分本位なスザクに付き合えるのはルルーシュぐらいだと思う。
彼らの傍で見てきたカレンだからこそわかることだ。
けれども本人には全く自覚がないのだからどうしたものかとこっちが悩んでしまう。
「…別にスザクは悪くない」
反射的にスザクを庇うのも癖なのだろう。
なんのかんのと言いながら常にフォローしていたのがよくわかる。
体力があり運動能力が高いスザクと、頭脳明晰で回転の早いルルーシュはわかりやすいぐらい正反対だった。 だからこそ互いに足りないところを補っていたのだろうが、そのせいかどこか二人だけで完結した世界があるように見える。
依存していると言えるのかもしれない。
そのわりに喧嘩しては『別れる』などと言うのだ。 今更離れるのは無理だろうと、わかっているのは周囲だけという始末の悪さに頭を抱えるしかない。
そうだ、とカレンが手を打つ。
「じゃあ違う人と付き合ってみたら?」
「はあっ?」
想定外の提案が出されて、思わず声を上げるルルーシュ。
「いい機会よ。この際、スザク以外の人とも付き合ってみなさいよ」
我ながらいいアイディアだと頷きながらルルーシュへ迫った。
嬉々として向かいの席から身を乗り出してくるカレンに戸惑い、応えあぐねるルルーシュ。
「いやだからと言ってそんな軽く…」
「軽くていいの!それでもいいって人と付き合ってみれば」
「しかし…」
「だからねルルーシュ。いきなり恋人になるんじゃなくていいから。スザクとべったりだった生活をまずは変えてみなさいってことよ」
そうしたらわかるはずだ、自分の中で相手がどれだけ大きい存在なのか。
「…そこまで一緒にいた覚えはないが」
無自覚かよ!とカレンは叫びたかった。
ルルーシュとスザクに関することはいつも叫びたいことばかりであったが。
「端から見れば十分すぎるくらいいつも一緒だったわよ、アンタたちは」
最もそう仕向けているのはスザクだったのだからルルーシュが気付かなくても当たり前かもしれない。
ただルルーシュも自ら世界を広げようともしなかったのだから同罪だろう。
「とにかく!一回スザクと離れること、そのために別の誰かと一緒にいること」
なんだか目的が変わっている気がしたが恐ろしい剣幕でカレンに
「いいわね!?」
とまくし立てられルルーシュは頷いてしまった。
「誰もいないときは私がいてあげるし」
結局のところカレンが一番ルルーシュを心配している。
スザクほど同じ時間を過ごしたわけじゃないけれど、カレンにとっても今やルルーシュは大事な存在だ。
ルルーシュもカレンに信頼を置いているからこそこんな話をする。
掛けられた気遣いに含みを持たないことを知っているから自然と笑みがこぼれた。
「ありがとう」
邪気を持たない穏やかな笑みを向けられたカレンは毒牙を抜かれた気分になる。
「…アンタやっぱりもったいないわ」
「?」
溜息を吐きながらうなだれるカレンに、ルルーシュは首を傾ける。
いい意味でも悪い意味でも、あらゆることに無自覚で困る。
だけどもいつの間にかそんなところも嫌では無くなっている自分がいた。
 ―人の気も知らないで!









     ***









「なんだ、また別れたのか」
アポなしで自分の部屋にやってきた友人に、ジノはなんでもないような明るい口調でそう言った。
またってなんだよ、とスザクは返しながら手に持った缶チューハイを呷る。
 ルルーシュの相談相手がカレンなら、スザクがいつも駆け込むのはジノだった。
スザクは直接言葉でジノに報告することはないのだが、行動がワンパターンで何があったかは見ればわかる。
今日もいつも通りジノの住むマンションに訪問したかと思えば、勝手に酒盛りするのだ。
「じゃあ私ルルーシュ狙っちゃおうかな〜」
唐突にジノがそんなことを言う。
予想外過ぎる発言にスザクはチューハイを吹き出すところだった。ついでに一気に酔いが醒めた。
「…はあ!?君、女の子が好きなんだろ」
何を言っているんだとスザクは返す。 「スザクだって男が好きなわけじゃないだろ」
それはまあ…と曖昧な返事をせざるを得ない。
スザクの場合性別など関係なく、ルルーシュしか好きになれないというのが正しかった。
「スザクがいっつもルルーシュの話してるからさ。興味があって」
ジノはスザクの一年後輩で、しかもスザクが会わせたがらないので挨拶程度にしか言葉を交わしたことがない。
けれども今日のように飲みつぶれる度に愚痴と言う名の惚気を聞かされているのでどんな人柄なのか知っていた。
見た目が麗しいのは見てわかることだが、スザクが言う通りの中身なのか実際に確かめてみたい好奇心がある。
「ルルーシュに手を出したら殺すぞ」
言葉通り人を殺しそうな形相で睨みつけるスザクに、背筋を凍らせ『怖い怖い』と心の中で呟く。
しかしこれだけは、と一つだけ教えておかなければならないと常々思っていることを口にした。
「でもスザク。別れるってそういうことだぞ」
さっきまでの冗談半分な口調と変わってトーンを落とすと「真面目な話」と付け加えた。
「なに?」
「もうそんなこと言う権利はないってこと」
「権利?」
ぴくりとスザクの眉間にしわが寄るが、ジノは敢えて見ないふりをして続けた。
「お互いフリーになるってことは、ルルーシュが新しい恋人を作ったとしてもスザクは怒ることも口出しすることもできないんだからさ」
ジノの言葉を聞いて時が止まったかのように動かなくなったスザク。
「今更気付いた?」
スザクは馬鹿だよな〜と暴言を吐くジノの声は既にスザクまで届いていない。
「………」
しばらく黙ったままのスザクはおもむろに立ち上がると凄い勢いで歩き出し、そのまま玄関を飛び出して行った。
「ちゃんと仲直りしろよ」
ジノは見えなくなった背中に声を掛け、私って優しいなと自画自賛した。






-------------------------------------------------------------------
いったんここまで!




main  top