堰を切ったように頭の中に記憶が流れ出す。それは自分であり自分のものではない、
遠い過去の物語。

「俺は悪逆皇帝だったのか……?」

「そうだよ」
昼休み、学園内中庭のベンチの上でルルーシュがぽつりとつぶやくとはっきりとした
返事があった。
「お前…」
ルルーシュの隣に腰をかける彼―枢木スザクは、呆然とした目線を受けて柔らかく微
笑んだ。
「スザクって呼んでくれないの?」
「ス、ザク…」
言われるままにその名を呼ぶ。
口に出した途端体中に灯がともったかのような錯覚に襲われた。

(スザクだ)

「そうだよ。ルルーシュ」
かつて世界を恐怖に陥れたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士、枢木スザク。
それだけではないことを今の自分は知っている。幼馴染で、親友で、敵で、そして―
 ―ゼロレクイエム―己の犯した罪に与える最大限の罰を。
あの日の晴れた空がフラッシュバックする。
「君は確かに“あの”皇帝だった。でもそんなことは気にしなくていいよ」
未だまともな反応ができずにいるルルーシュへ手を伸ばし頬を撫でるスザク。ルルー
シュはただただ翡翠の瞳を見つめている。
「魂は同じでも君は君だ。“今”を生きる別人だ。だから」
スザクの腕がルルーシュの痩身を抱き寄せる。

 ―ああ、生きてる。

それはどちらの心の声だったろうか。おそらくどちらも。
「もう一人で何もかも背負うとしないで」
ルルーシュの背に回された腕に力が込められる。
「スザク……」
一人で抱え込むのはお互い様じゃないかとルルーシュは思う。過去の自分たちは抱え
るものが多すぎたのかもしれない。それも誰かに頼ることなんて知らなかったからい
つだって両手いっぱいで。
だから、なのだろうか。お互いに弱さを見せることができずにすれ違い続けていた。
「今の君が持つ罪なんてないから」
これからは僕がいるよとスザクが笑う。もう君を縛るものなんてないからと。
「君は僕が幸せにする」
隙間がないくらいくっつけられていた身体をそっと放し、ルルーシュの肩へと手を置
く。そうして自分を見つめるアメシストの輝きに目線を合わせた。
(本当に綺麗だ)
前世では『生まれ変わったら会いに行く』などと、ゼロレクイエム直前で行き場のな
い気持ちを落ち着かせるために自らに言い聞かせたようなものだった。しかし今それ
が現実に目の前にあることに歓喜する。
 ルルーシュがつくった“明日”のある世界が生み出してくれた未来だ。
「僕と幸せになって」
スザクが掴んでいた肌がようやく揺れて、反応を見せる。見開いた瞳には透明な美し
い膜がはがれかかっていた。
「スザク…俺は…」
そう言って俯いてしまうルルーシュの戸惑った手を取ってにぎりしめる。続きを促す
ように、冷えてしまっている掌を温めるように。
「ルルーシュ」
優しく、溶かすようにその名を呼べば、またぴくりと細い身体がわずかに揺れる。
「俺、は…」
本当は過去のことなど思い出さない方が幸せに過ごせていたかもしれなかった。けれ
どもスザクはそんなことはないと、ルルーシュと会えた今だから言える。
「ルルーシュは、僕といるの嫌?」
「そんな訳はない…っ!」
スザクと一緒にいたいという想いはルルーシュだって強く持っている。しかしそんな
ことが許されていいのだろうか。
「じゃあ一緒にいてよルルーシュ。僕が君といたいんだ。君がつくった世界は、誰も
が明日を望める世界だ、そうでしょ?」
あのときの苦しくて悔しくて身を裂かれるほどの切なさがあるからこそいっそう願え
るはずだ。
「スザク!俺は…お前と一緒にいたいっ」
想いと共にとうとう溢れ出した涙をスザクが指で救う。
「うん。一緒にいよう。今度こそ君を守るからね」
約束通り、と微笑むスザクはルルーシュにはにじんでよく見えなかったけれど、自分
も同じような顔をしているのだろう。
この世で自分たちが一番幸せだというくらいに。


 ―世界がこんなにも美しかったなんて!


 雲一つない晴れ渡った空が笑い合う二人を見下ろしていた―。





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